東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2642号 判決
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【説明】
判旨の前提とされた認定事実(原判決を引用)を要約すると次のとおりである。
本件建物の賃借人(控訴人)は、建物の一階東側をパチンコ店、同西側を事務室、二階東側を喫茶店、同西側を従業員寄宿舎として使用していたが、昭和五〇年一二月二二日午前二時ころ、何人かが喫茶店中央付近に放火し、喫茶店内部を半焼させた。喫茶店の出入口は二つあり、一方の建物東側階段の出入口は、二か所の扉が当時いずれも施錠されており、他方の西側階段からは寄宿舎を経て出入りするようになつていて、放火犯人は、西側外階段から寄宿舎入口の施錠されていなかつたアルミサッシガラス戸を経て、寄宿舎と喫茶店との間の施錠されていた木製戸の錠をバールの様な物で破壊して、喫茶店内に侵入し、放火したものである。当時、寄宿舎には五、六名のパチンコ店店員が居住し、入口の前記アルミサッシガラスは内側からのみ施錠しうる構造のもので、平常から施錠されていなかつた。火災前夜の二一日夜は、喫茶店店員は午後一〇時に全員帰宅し、パチンコ店員一〇名全員と控訴人代表者及び経理担当従業員一名とは、午後一一時三〇分ころ、忘年会に出かけ、会場に向かう途中から右経理担当従業員が所用のためいつたん事務室に帰つて、一、二時間遅れて忘年会場に着き宴会に加わり、その間本件建物は無人となつていたが、二二日午前二時二〇分ころ忘年会を終え、一部の従業員が本件建物に帰つて火災に気付き、同二時五〇分ころ消防署に通報した。放火は、本件建物の構造及び使用状況を知つている者の計画的目的的な犯行と窺われるが、控訴人の代表者又は従業員が放火に加担したものとは認められない。
【判旨】
2 そこで、本件放火が控訴人会社代表者又はその従業員以外の第三者の犯行によるものである場合に、控訴人がこれを防止しなかつたことにつき義務違反があるか否かを検討する。まず、二階寄宿舎入口のアルミサッシガラス戸が施錠されていなかつた点が問題であるが、前記のとおり、本件放火が計画的なものであり、放火犯人が寄宿舎から喫茶店へ通ずる木製戸の錠部分を破壊して喫茶店内に侵入している事実に照らすと、このような犯人は、右ガラス戸に内側から施錠してあつたとしても、ガラスを壊して開錠するなどして容易に侵入しえたものと推認され、右の施錠は、かかる計画的暴力的な侵入を防止する手段としては有効なものではなかつたと考えられるので、右施錠の懈怠は、本件放火を誘発した重要な事由とは言い得ないものというべきである(なお、一階事務室西側入口の戸にも施錠していなかつたが、同室には実際に火を放つた形跡はないので、問題にする必要はない。)。次に、控訴人が本件建物に留守番を置いていれば、放火犯人の侵入を防ぎうる可能性はあつたと考えられるが、本件のような通常の店舗兼従業員寄宿舎の賃借人に対し、四六時中賃借家屋を監視下に置き、不時の侵入者に備えて、片時も家屋を無人にしないよう要求することは、かなりの困難を強いるもので、過酷に失し、社会通念上相当でなく、賃借人が賃貸人に対して負う保管義務がそのように強度のものであるとは解しがたいので、侵入、放火の危険を事前に予測すべかりし特段の事情も認められない本件においては、二時間余の間全員不在にしたことをもつて、ただちに善管注意義務を怠つたものと解するのは相当でない。なお、火災後の控訴人会社代表者の行動は、賃貸人に対する信頼関係には影響があるとしても、右保管義務違反の成否とは直接の関係はなく、そのほか控訴人の善管注意義務違反を肯定するに足る事実は、全証拠によつても、これを認めることはできない。
3 したがつて、その余の点について判断するまでもなく、本件放火に関し控訴人に本件建物の保管義務違反があるとの被控訴人の主張は肯認し難いものと認めるべきであつて、これを理由とする被控訴人の契約解除の主張は失当である。
(小河八十次 内田恒久 野田宏)